KENPOKU Art Hack Day 選出作品


『干渉する浮遊体』

制作メンバー

  • アビル ショウゴ/彫刻家:什器設計
  • 甲斐 桜/学生:イラスト
  • 佐藤 大基/建築家: コンセプト設計、空間設計
  • Mafumi Hishida(菱田 真史)/科学者: コンセプト設計、技術設計
  • 水落 大/エンジニア:センシング、音響
  • 柳澤 佑磨/プログラマー:映像
  • 橋本 次郎/音楽家:作曲、フィールドレコーディング

協力

  • Edison Breakout Board Kit 2 個

コンセプト

県北の歴史は、工業の発展の歴史であると同時に、人間と自然との均衡の歴史でもあります。本作品はこの均衡の美しさと危うさを表現したものです。透明の大きな器の中に、空中に静止する球体を浮かべます。わずかに歪んだ不完全な球体は、周辺環境をその表面に映しながら、鮮やかな色彩を浮かべ、時間の中で揺らぎ、やがて失われていきます。地域の発達の中で人々がこの地に築き、その後の衰退によって生まれた炭坑跡地や廃墟などの場所において作品の展示をします。人工物が混在することによって保たれる薄膜の美しさと、その均衡の危うさは、この地の背景と現状を投影し、体験するものになります。

選出理由

シャボン玉とは消えるもの。その先入観を軽快に裏切るのがこの作品である。
本当にシャボン玉なのかと目を疑ってしまうほど安定感をもって、空中に浮遊する。
流融資ながら、微細な空気の流れに呼応して、浮き沈み、漂い、結びつき、そして消滅する。そして音が、シャボン玉の動きに感情を与える。
シャボン玉の科学者、ガラス作家、そして音や映像といったエンジニアのチームだから実現した、ハッカソンならではの作品であり、驚きを感じさせる作品だった。また芸術祭で展開するにあたり、およその技術的課題がクリアされており、運用面、予算面も具体的に検討されている点も高く評価した。


『A Wonder Lasts but Nine Days ~友子の噂~』

制作メンバー

  • Kanako Saito/学生(ファインアート):コンセプト設計、ヴィジュアル設計、イラストレーション、友子
  • 岩沢 卓/映像:コンセプト設計、映像編集、友子
  • 加藤 誠洋/建築家:コンセプト設計、展示設計、友子
  • 増田 拓哉/学生(デザインエンジニアリング):コンセプト設計、プレゼンテーション制作、友子

協力

  • 磯蔵酒造
  • 三春とオキーフ(カフェ旅館)
  • トミーズ富谷館(カフェ・バー)

コンセプト

日本の炭鉱には、互助制度としての山中友子制度があった。日鉱記念館にひっそりと展示されていた友子制度の資料を見て、私たちは、見えない友子の姿を追うことにした。歴史が語られるとき、真実も嘘も語り手の意思に委ねられ、一筋の軌跡として描き出される。友子の物語が捨象している、町の姿は何なのか?それを写しとることはできないのか?友子に関する噂が、芸術祭に参加する人達と地元の人達との関係に影響を及ぼし、65 日間の小さな歴史を紡いでいくことを期待する。

選出理由

歴史には、一つの側面でしか語られない危うさがある。多くは、勝者の視点だ。弱いもの、小さなものの声はしばしば捨象される。
このチームはそこに目をつけた。一時期日本の基幹産業であった炭鉱と、それを支えた名もなき坑夫たち。炭鉱夫たちの社会に発生した「山中友子」という互助制度に焦点を当て、今も存続する県北エリアの飲み屋街に拠点を据え、忘れ去られていたもう一つの(裏面ともいえる)声=歴史を紡ぎなおそうという挑戦だ。
社会的な問題を別な視点から見ることを促すアートの独自の役割を追求する、重要なアプローチだと感じた。またすでに現地に足を運び、拠点エリアへの理解を深めていることや、プロジェクト候補地のオーナーとの交渉も進めており、プロジェクトの実現性が高い点も、採用した要因である。


『Vide Infra』

制作メンバー

  • 吉岡 裕記/バイオアーティスト:バイオリサーチング
  • 御幸 朋寿/研究者(折り紙):折り紙構造設計
  • 三桶 シモン/建築家 : プロジェクトプランニング
  • 金岡 大輝/ファブリケーター:ファブリケーションリサーチ
  • 砂山 タイチ/研究者( 美術):形態シミュレーション

協力

  • 原敏夫:九州大学大学院能楽研究院遺伝子資源開発研究センター助教授
  • 加藤昌和:バチルス(納豆菌)ファブリケーション研究者
  • 小林毅:マテリアライズジャパンマーケティングスペシャリスト
  • 早稲田大学理工学術院 電気・情報生命工学科 岩崎秀雄研究室
  • 東京芸術大学大学院建築科 構造計画第1 金田充弘研究室

コンセプト

環境に応じて、時間の中で変化する形態性。県北の名産品である納豆をベースに合成した樹脂を、折り紙展開図のパターンで3D プリントする。折り紙展開モデルから立体的に組み上げた構造物を土の中に埋め微生物に分解させる。県北の土地の多様性を生かし複数の場所に埋めることによって、その場所の特質的な微生物環境に呼応した形態を得る。

選出理由

納豆という茨城県北の特産物、芸術祭の1 つのテーマでもあるバイオ、そしてテクノロジーの掛け合わせというユニークな視点を評価した。
納豆菌にγ線をあて硬直したものを樹脂化、さらに3Dプリンターで納豆樹脂プリントしたものを県北のそれぞれの土地によって異なる微生物に分解させ、環境に呼応した唯一無二の形体に変化していくことを楽しむ作品である。環境問題に対して、新たな視点での問いの投げかけになることも期待している。

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審査員コメント


南條 史生
森美術館 館長 / KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭 総合ディレクター

わずか2週間で着想から実装に至ったとは思えないほど、状況を深く捉え、的を射た作品の提案が多く、驚いた。また、ハッカソンの醍醐味でもあるのだろう、提案される作品の幅広さも印象的だった。微生物やバイオテクノロジーを組み込んだ作品や、地域を巻き込むコミュニティアートとしての食の取り組み、開催地の特性を生かしたサイトスペシフィックなインスタレーション作品など、ユニークなコンセプトでメッセージ性も強く、実現に向けて具体的に検討を進めてもらいたいものばかりだった。

しかし、審査においては、芸術祭として展開するために、作品としてのスケーラビリティ、運用面での困難さ、実現のための技術的・法規的課題、予算との齟齬などの点も重視した。その面では、不確定要素が多い作品も多く、実現性が採用の可否の判断基準になった。しかし、今回採用になったプロジェクト以外にも、違う枠組みの中で実現を検討したいものも複数ある。引き続き、来年開催される茨城県北芸術祭に向けて、ハッカソンに参加してくれた皆さんが主体的に関われる仕組みを検討していきたいと思っている。

改めて、今回のハッカソンにおいて、参加者の皆さんが費やしてくれた情熱と時間、創造性に、心から感謝の意を表すると同時に、芸術祭オープニングには皆さん全員を招待するので、ぜひ参加いただきたい。

谷川 じゅんじ
JTQ 株式会社 代表 / KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭 クリエイティブディレクター

初めて体験したハッカソンという“しくみ”は、たいへん興味深いものでした。いろんな人が集まりテーマを定め議論をする。議論するところからアイデアが生まれ、研鑚され、やがてそれがカタチになってくる。まさに新しい価値が会話から生まれてくるんです。このプロセスこそがハッカソンの醍醐味であり重要性なのだということを認識できました。最初はいろんな人がいるカオスな関係性からはじまり、意見や議論を通じ徐々に価値観の共有がなされていきます。それは次第にグループ=コミュニティへと進化しやがてチームが生まれます。単純に気が合うという集まり方もあるし、ソリューションを考えて職能できちっとチーム作る人たちもいる。関係が目的化していくこと自体が既にクリエイションであり、アートという文脈から言えば創造行為のファーストステップだと思うんです。そういう意味で「誰と出会うか」「誰と組むか」ということはとても重要だと思います。スケールを大きくして「人生」ということで考えてみても、誰に関わり、誰に刺激を受け、どのように成長するかがとても大切なことです。自分が誰と繋がるか。その関係を創ること自体が生きるという行為なのではないかとぼくは考えますし、その出会いは時に人の人生すら変えていくんだと思うんです。

新しいアイデア創造という視点でいえば、アイデア自体をぼくはエネルギーというふうに捉えています。そのエネルギーにピュアな力があれば、思いは波動になってさざなみのように人へ伝播していくというふうに考えるんです。まさに感動する、共感するといった感情の変化がそれです。アートに限らず、ピュアなアイデアはすごく大切。その中で、「干渉する浮遊体」はなぜポンと抜け出たのか。誰のアイデアがいつブレイク・スルーしたのか。そして、「友子の噂」はなぜ審査員の気持ちを動かしたのか。最初のアイデアからどういう変遷があって最終的なプレゼンに行き着いたのか。13チームの中から最終的に選ばれた作品が生まれたプロセスを逆にたどっていくのも面白いと思います。選ばれなかった作品も含めてですが、審査会を通じいろんな議論が生まれてくるプロセスを楽しみ、感じ、目撃者になること。このライブ感こそアートハッカソンの大きな可能性であり、未来にむけた創造の足がかりなのだと思います。

齋藤 精一
株式会社ライゾマティクス クリエイティブ&テクニカルディレクター

普通ハッカソンというと、ワイワイとみんなで作るプロセスを楽しむところに重きを置いている場合が多いんですが、今回のアートハッカソンの場合、いろんな才能が集まってというところは同じなんですけど、そのプロセスにおいて、地元のリソースを使ったり、地元のコンテクストを読み取るということが必要であったり、さらに最終的に芸術祭に出品する作品を作るという目的が明確に設定されているところが、通常のハッカソンと大きく違う点だと思います。個人的には、これがもはやハッカソンなのか?って思ったぐらいで、どちらかというと作品のクリエーションに近い感じがしましたね。

アートは、それを通して見ると自分が小さく見えるとか、大きく見えるとか、違う見方ができるというのができる、“ガリバートンネル”みたいな媒介だと思っていて、自分が今まで触れてこなかったモノや考え方、感情に触れてもらえるいい機会です。そして、例えば広告のように見方や使い方が決められているのではなくて、あくまでも見ている人が個人としてどう思うかというのが一番大事で、僕はこれは嫌いですとか、これがこうだったら好きですとか、意見を持ってもらえる民主的なものだと思います。

そういう意味では、ハッカソンを通じて、これまで美術を作ってこなかったプログラマーや研究者といった人が、集まった人たちの重力に引っ張られながら、作り手として自分もアート作品に関われるというプロセスはとても素晴らしいと思います。今回選ばれた「干渉する浮遊体」も、ハッカソンだからこそ出てきた作品だと思いますし、選ばれなかったものの中でも普通では出てこない案がたくさんで出てきたので、審査をしていて面白かったです。短期間のアイディエーションで瞬発力で出てきたから予算的に難しいとか、オペレーション的に無理だというのがあるのも当たり前のことで、とにかく、今まで作品をつくてこなかった人、作れないと思っていた人も、参加できるんだっていう楽しさを味わえたんじゃないかと思います。

若林 恵
『WIRED』日本版 編集長

「アート」「テクノロジー」、そして県北という「土地」。この3つをハックせよ、というお題は、それだけで難しいものだったと思います。ひとりでこのお題に解答を与えるのはおそらくとっても困難です。だからこそ異なったバックグラウンドをもった参加者がグループとなってともに考えることに大きな意味があり、結果を見るにつけ、どのグループも、要件の配分の仕方に違いはあれど、しっかりとしたアイデアにいたっていたのは素晴らしいことでした。とりわけ難しいのは「地域」という要件だったと思います。その土地にしかないもの、その土地でしか見えないものを、どう探り当てるか。簡単そうに見えてとても難しいことです。そして、それをテクノロジーと結びつけて、アートとして昇華するとなればなおさら。おそらく、それを成し遂げるためには、一本芯の通ったストーリーが必要なのです。今回審査のなかで感じたのは、みなさんがそれぞれのやり方で、筋の通ったストーリーを探し当てようとしていたのだなということでした。すべてのアイデアのなかに、参加者のみなさんが県北という土地で掘り当てたなんらかのストーリーがあり、そうやっていくつものストーリーが見出されていったこと自体に、すでにこのハッカソンの価値はあったとも言えるかもしれません。体験型のイベントとして実現したほうが筋が通りそうだな、とか、ドキュメントとして映像にまとめることでより豊かにストーリーが語れそうかもね、といったふうに、アート作品という枠の外に出ることで、より効果的なアウトプットを見いだせそうなプロジェクトもいくつかありました。そうしたなかで、今回選出された「干渉する浮遊体」は、ある具体的なストーリーを持たない例外的な作品ではありました。けれども、観る人それぞれの胸の内にその人固有のストーリーを呼び覚まさせるという意味では、極めて喚起性が高いものと思います。置く場所、観る人に従って、無数のストーリーを生み出すロマンチックな装置、と見ました。